2013年10月13日

物語としてのAC-4

サラーマンをやめることは死ぬことだと思っていた。東横線で多摩川の高架下を見るたびにそう思った。粗末なブルーシートを紐でくくりつけた小屋がひしめきあっている。あやふやだけどどこかおおきくて権威的なものにしがみついていないと、あそこにいくことになるのだと思っていた。飲水はどこから持ってくるのだろう。たぶん野球場のすみの公衆便所なのだろう。ポリタンクには無数のバクテリアが繁殖しているのだろう。不潔な環境への嫌悪はいっそうぼくを営業カバンにしがみつかせた。どんなふうに食物を調理しているのだろう。血中に取り込まれたバクテリアはどのように人生に作用するのだろうと考えたが、実際はぼくのアパートでもさほど変わりないことが進行していた。
 会社をやめることは簡単だった。行けなくなったのだ。一歩も外に出ることができなくなった。病欠の電話をしばらく続けた。何度か駅まではうように向かったが、激しい下痢で3着スーツをだめにした。夕方、酒を飲むと行けるような気がしたが、それもすぐにどうでもいい気分になった。
 自分の部屋に積まれた本や資料、CD、ごちゃごちゃな洋服、ローンで買っているスーツ、ネクタイ、マグカップ、黒いカバン、写真、ポスター、ギター、ピック、なんだかわからない小物などすべて他人のものに思える。なんだってこんなくだらない色のカーペットをひいてあるんだ?雑誌の記事広にでてくるような場違いなタンスやチェストに吐き気がした。コピーライターからあがってきた仰々しくワープロで打たれた文字に吐き気がした。それを書いてもらうための打ち合わせで、自分がクライアントの意向について嬉々として喋っている言葉に吐き気がした。世話になっていた部長に電話して、ようやく辞めると言うことができた。
posted by usaikuo at 08:57| 日記

2013年10月12日

物語としてのACー3

アルコールが薄れて、せき止められていたファンタジーが覚醒してくる。アンプを通したように心臓の音が響く。このままじっとしていると侵されてしまいそうだ。このまま闇夜にとけてしまいたい。このまま意識のない世界に枯れ葉のように落ちていけたらどんなに楽だろう。心臓が破裂して大量の血がこの部屋中に音を立てて流れ込んでいく。フィルムムービーのような夢が目の裏側をくりかえし走っていく。
悲しみが夜の霧のようにぼくをつつむ。君がつく,小さなそしてとても器用で優雅なウソが,ぼくのひらいたこころを血であふれさせる。
間違いなんかなかったんだ。
きっと,気がつくまで誰にもわからないんだ。
心臓だけが知っている。
誘惑の分だけ,楽しんでいるふりをしてきた。
けれど,何一つ満足に熱中できないでいる。
ぼくには何もない。
どれだけのことをイメージしても。
紙を埋められない文字が張り裂けそうな心臓を、圧迫しつづける。
たまりにたまったその満たされないイメージは
ぼくを眠れなくする。
腹がこわばり
髪が抜けて
胃が痛み
ヒフが荒れ
喘息が起き,
つまらないケガを何度もしてひどい気分を味わうことになる。
そうなんだひどい気分なんだ。

「どこに行ってたのよ?」
言葉を選んだていねいなノイズが聞こえる。電話線の距離にイライラしている。ラインが凍りついている。電車が来なくてイライラしている。タクシーが止まらない。言葉がまだるっこしい。気持ならはっきりしている。どうしていま君はここにいない。ノイズが切れる。
すぐにベルが鳴る。アルコールのゆりかごで体はすっぽりとイカレテいる。もう受話器を取れない。テープのメッセージがしゃべる。
取引と交換と売買。それ以外の言葉が見つからないし信じることができない。ナイフを置くことができない。
これで終わった。ポストに鍵を入れずに出かける。やっぱりこんな日も暑く天気が良い。これで終わった。偽りが偽りの時間を作り出す。そんな気分はほんとうのものじゃない。けんかしたんじゃない,
そう,いやけがさしたんだ。
posted by usaikuo at 09:11| 日記

2013年10月11日

物語としてのACー2

すねをさすりながら床にころがってしばらくじっとした。無造作に押し込まれている本棚、がちゃがちゃと細かなものが置かれているエレクター、弦が貼りっぱなしのギター、なんの資料か覚えていないが読もうと思って積み上げているプリントアウトの束が見えた。何種類かのアルコールが混合している重い霧の中で、ぼくは自分を探してみた。散らばってるCDはぼくが買ったものなのだろうか?それがどうして欲しかったのか思い出せない。壁にぶら下がっているシャツ、ジャケット、Tシャツは、ぼくが買ったものなのだろうが、他人のもののような気がした。全部誰かのものに思えて愕然とした。悲しい詩が頭の中で繰り返し鳴っているが、誰の曲かわからないでいた。
こたつの上にころがっている音楽テープをがさごそ手にとってみた。誰かに聞かせたかった曲、録音していることで安心していた曲、持ってないといけないと思っている曲、FMラジオ番組をまんま録音したものがある。自分で聞くために録音したものがない。
音楽も洋服も誰かのために選んでいる。そうやって選んだものは全部、的をはずしているように思える。ぼくは誰なのだ?
誰にかに言われて好きなものを決めるなんてばかばかしい。
十代の頃,その時の衝動を処理できない自分を毎日否定することで,なんとか平静を装っていた。そうすることで、期待通りの大人になると思っていた。いまにすごい人になるのだと思っていた。でも、それは、他人に合わせて、良い人になって、自分ではないものに向かうことになったのだろう。
酔っ払うたびに苦しい。ぼくは誰なのだ?
タバコくさいシャツとぬるいビールのひっかかったズボンのまま布団にもぐりこんだ。宿命的なにおいがして、とりあえず生きてる気がした。
posted by usaikuo at 09:19| 日記

2013年10月10日

物語としてのACー1

金曜日の夜、居酒屋でたっぷりと人格を否定された後、無礼講だというカラオケへ行った。たとえどんな状況であろうとも、売上が行っている者は絶対者で、そうでない者はやっかいな荷物として扱われる。2年目、3年目までは抵抗もしたが、日々まとわりつくような無言の要求に応えるべく従順な荷物となった。ここでは、ネクタイを額に巻いて絶叫することに価値があり、上司を立てながらも、前後不覚によろけながらアシスタントの女子にうざがられトイレでゲロのひとつも吐かないと存在が認められないし、何もかもが終わったことにはならない。
ビニル袋を持たされタクシーに押し込まれる。同じ方向の部長がとなりで「俺らもそうしてきたんだ」と言った。ぼくは何がそうなのかわからなかったがうなずいておいて吐き気に耐えた。

とぼとぼと部屋に帰った。いつもの悲しい詩を思いつく。無理をして楽しいふりをした後はいつもこんな気持ちになる。
どうしてる?
いっしょにいられた時間はぼくにとって至福の時であったと、
離れてからわかった。いつもいつも繰り返す後悔と雑念と開きなおり。
あとどれくらいの時間が残されていて、いまどの地点にいるのかわからない。何かを抱えこんで生きるのも悪い事ではないけれど、
あとどのくらいまともでいられるのかわからない。
いつも悲しい詩で我に帰る。調子に乗りすぎて疲れた時,またそういうことを思う。自分には何にも代えがたいものがあるかもしれないと思うし、それに興味が湧いているが、それに気がつきもしないこともある
芝居がかった言い訳ではなく、生き残るための最後の興味かもしれない。
ゲレンデをはずれた雪原の澄んだ空気の中にいる気分を思い出そうとしたが、実際には暗い部屋でこたつの角にすねをぶつけて飲みかけの缶ビールをひっくり返した。
posted by usaikuo at 18:07| 日記

物語としてのACー梗概

(*この連載小説はフィクションです。登場人物、状況は架空のものです)
誰かを助けていなければ,自分は存在しては行けない。自分のニーズより他人のニーズに振り回されて,自分がわからなくなってしまう。ぼくは広告代理店を辞めバンドを始めるが喰えるはずもなく、会社から下請け仕事をもらう。
何がしたくて,何をしたくないかわからない。自分の価値を上げるために他人の面倒を見続けてしまい生活は破綻する。助けなければいけない女性と関係をいくつも持ち,トラブルに巻き込まれ続ける。自分がACであることを認識する過程はつらい。自分が傷ついていることを自覚することはつらい。自分が元家族において,目に見えない真綿のような暴力下にあったということを認めることは,父や母を嫌わなくてはいけいからだ。しかし,自分の“生きづらさ”とは何なのか?つまりACとしての自分を自覚すること以外前に進む道はない。サバイバーであることを認めて,身に纏った鋼鉄の防衛システムをほどくことは苦しい作業である。それは過去のスキップしたり,否認したり,見て見ぬふりをしてきた“こと”を回想し,怒り嘆くことからはじまる。
ぼくは逃げるように南の島へ行き、やりなおすが,同じ種類のトラブルに巻き込まれる。戦時中,日本軍の占領下に置かれた村の老人に出会い,はじめて自分の魂に触れる。はじめて自分のために嘆き,怒り,感情を知る。
過去の傷を自覚し,過去を換え“今”を感じるために帰国する。
posted by usaikuo at 18:03| 日記