2013年10月16日

物語としてのAC-9

まったく眠れない日がある。まどろみそうになると怒りを感じてはっとなる。不安なわけではない。やっとのことで忍び込んだ夢のなかで、何かをたたきつけ、叫んで。思考が貪欲にアイディアを検索し続けている。見つかったとしてもそれらはどれも、実現されることはなく、欲求不満として蓄積されていく。
それらはおわりのないループ。止めるにはその必要性を無力にしてしまうことだと知っている。純粋なアイディアはノートに書いて手放す。
湧いてきたものにはそれなりの意味があると認め、生き残ってきた事実とその過程を味わいかみしめてみることだと知っている。
一睡もできずにやってくる朝はバカバカしい。

自腹のライブは散々だった。酔っ払った客は大騒ぎしていたけど、ぼくには彼らが何を気に入っていたのかわからなくて拍手も歓声も受け取れない。アサノがやたらストーンズのコピーをやりたがる。うれしいのかよ。知っている曲はまわりがのるからのる。ただ、いい年をしたおっさんがコピー曲を演る。どこにもいけない。あほくさくなってきた。気持ちの無駄遣いだ。だらだらと楽屋にもどる。壊れたアンプ、落書きだらけの壁,パイプ椅子,なにも話したくない到達感。でもぼくらは,壁をけったり,ビールの空き缶を投げつけたりしない。髪をつかんでなぐりあったりもしない。そんなに若くない。それだけにムードはいっそうわるい。サラリーマン時代の会議のようだ。ポジション的に、最初に口を開くのはぼくの役目なのだが,今日はほとほとぼくも参っていた。ギターのネックが汗で濡れていた。弦がいやなにおいをはなっている。べっとり甘いコーラが飲みたかった。汗をかいているのに気分がわるい最低な気分だ。地下だからメールは入らない。サディがシブヤで待っている。
「おいおまえらアンコールだよ,もう一曲やれよ」
金髪で左耳のピアス3つの支配人が催促にきた。
「・・・さっさとやってこいよ。客がかえっちまうだろ」
ぼくらはそれぞれじっさい金が必要だった。
ライトが着く前にドラムのネモが走りだした。
ぼくらはチューニングも直さずにやった。じっさいひどいライブだった。

U2聞いてると死にたくなるんだ。
「は?」
「背筋がぞっとするんだ。どうしてこんな曲書けるんだって」
めずらしくその晩は全員そろった。店の奥のスピーカーでボブディランが、低くがさがさと唄っている。
「日本じゃこんなアコースティックの音,でねえよ、弦がちがうよ、空気が乾いているんだよ」
ネモが言った。
「かわいてねーよ」
「へんなブルースハープだよな」
「へんじゃねーよ」
ベースのゲンとネモはビールも来ないうちにはじめてる。
ゲンは一人でアコギで唄っていたことがある。フォークといわれている時代を知っているが本人はロックだといいはっている。
「もうさ流行ちっくな曲やめようぜ。」
ゲンはタバコに火をつけながら言った。
「ああ」
ぼくはお通しのナッツをかじった。がりがりと口の中でかんたんにくだけた。ゲンは、おまえが曲をつくれと言った。
「詩もさおまえ書けよ。おれ,おまえの詩好きだぜ」
posted by usaikuo at 18:28| 日記

物語としてのACー8

「バンドやりたいんだ」
「でた!」
サディが間髪いれずに言った。
「売れなくていいからさライブハウスとかでやりたいんだ」
サディはひややっこの薬味のしょうがを落とさないよう慎重に口に入れた。しばらくぼくを見ていた。
「できそうな気がするんだ」
サディは,はいはいという目つきで、から揚げにくさび型のレモンを絞った。
「売れなくていい?」
「うん」
「ばかじゃない」
彼女は女友達のところに男が転がり込んでいるが、そいつは自称バンドやってますという男で、自分のアパートの家賃を滞納していて部屋に帰れず売れなくていいと毎日昼過ぎまで寝ていると言った。
ぼくはそんなことしないと言った。

「じゃやればいいじゃない」
サディはそう言ってクールに火をつけた。
煙からは一瞬香ばしいにおいがしたがすぐにいやなにおいに変わった。天井のスピーカーからぼくのいちばん嫌いなタイプの曲が聞こえている。まとまっていて無意味に音が厚くて無反省に前向きな詩が子どもの声で唄われている。こんな曲を誰が必要としているんだ?店内を見渡しても誰もそのことを考えているように見えなかった。こういう場所に流されるようにつくられているのだろう。ニーズがあって消費されるのは意味のあることだ。売れているのだ。女のアパートに転がり込んでふて寝している男とは、ニーズがなくて消費の対象にならないからなのだろう。

「親父に,おまえに音楽の才能はない」と怒鳴られたことがあるんだ。とぼくは言った。
「それ,前も聞いた」
サディは生ビールのジョッキを両手で持ったままぼくの目を見て言った。
今では,仕事を終えて最初の一杯を飲みに来たネクタイの男たちで混みあっていた。ふろあがりで大きなジムバックを脇においたぼくらはもうできあがっていた。紺色のスーツの男たちを見ながら,あんたらとは違うんだ体調が整っていて準備ができているんだ、というくだらない優越感で銀行口座に来月の家賃分の現金がなく,仕事依頼のケイタイも鳴らないあせりをごまかした。

サディは,やれやればかじゃないという目をしてぼくと紺のスーツの男たちを交互に眺めていた。あいつらいいよなボーナスがもらえるんだとぼくが言うと,サディは、きょうは帰るといってすたすたとジェイアールに向かって歩いて行った。ぼくは捨てられた幼児のような気分でひどく落ち込んだ。
posted by usaikuo at 08:54| 日記

2013年10月15日

物語としてのAC-7

ビールと酎ハイとウイスキーソーダで自分が誰か分からなくなりたい。でも,いつも最初から自分がだれか分からなかった。気が着くと居酒屋の薄暗いトイレの鏡を覗きこんでいてどうして自分が今ここにいるのかわからず苦笑していた。落書きに囲まれてぼくの声は鼻に虫が入った犬のくしゃみのような音がして狭い箱の中に響いた。シブヤに来たのは何時ごろだっけ?今日は何曜日だ?会社はどうした?やめたんだっけ。でもまだ,自分が今どこにいてどうやったらアパートの部屋まで帰れるかを思いだせた。

外の空気を吸おうと階段を登り扉を出て顔をあげると正面にキャバクラの黄色のネオン,その隣の焼肉やの煙で汚れた看板,真っ赤な顔で大声をあげているねずみ色のコートのオヤジたち,あさっての方向を見て携帯で話すスーツの男,ひらひらした洋服を重ねて着ている目の周りが黒い女子たちがスローモーションのように流れた。井の頭線のレールがきしむ大きな音がしびれた後頭部に響く。誰も自分に興味がなく流れる映像を見ているのは居心地が良くしばらくそうしていた。

身なりのきちんとした大学生らが5〜6人奇声を上げていた。何ができて何ができないかを知らずに生きて行くことはむずかしいがそれを知るには自分を知らなくてはならないのではないか。田舎から出て来てシブヤで酔っ払ってはじめて自分は人間のような気がしたのはもう20年も前のことなのだ。3月のセンター街には雪や泥はなくピンクや緑のアイスクリームが売っていたことに驚いたし女子のスカートの下には白い生足が見えていたことに興奮した。あの頃は簡単だった100円のレモンサワーを3杯一気飲みすれば完璧だった。
posted by usaikuo at 10:04| 日記